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丹波丹後ロマン紀行【旅楽おやじ倶楽部】 国道178号線を宮津方面に向って走り、丹後郷土資料館の前を通って
山道に入り、
舗装された比較的広い道を、
一路駐車場まで登った。

駐車場では、
寺の僧が”入山料”を徴収していた。
一人500円だった。
丹波丹後ロマン紀行【旅楽おやじ倶楽部】  「シャクナゲが見ごろと、今日の新聞に出ていましたが・・・というと、
ああ・・旬は過ぎましたね、
でも、少し残っていますよ」とのこと
丹波丹後ロマン紀行【旅楽おやじ倶楽部】 坂道を歩いて、”撞かずの鐘
(昔、この寺の”鐘”を鋳造する時に、
窯の中に誤って乳のみ児を落としてしまい死なせてしまった。
鐘をつくと、赤んぼの鳴き声が聞こえるというので、
その後、鐘は撞かれなくなった、
という悲しい物語が残っている。)の前、
長い階段を登ると本堂に至る。
丹波丹後ロマン紀行【旅楽おやじ倶楽部】 成相山、成相寺の木札が掛かり、
年を重ねた感じの御堂である。
丹波丹後ロマン紀行【旅楽おやじ倶楽部】 正面棟下に、
左甚五郎作という
真向の龍」の額がある。

 慶雲元年(704)開基で、本尊は聖観世音菩薩である。
「成相寺由来」によると、寺の開山である真養上人が雪深い草庵に籠って修行中、
あまりに雪が深いため里人の来往もなく食料も絶え、何一つ食べるものも無くなった。

死を予感した僧は、「今日一日生きる食べ物をお恵みください」と本尊に祈願した。
すると、夢とも、うつつとも判らぬ中で、堂の外に、傷ついた猪(鹿)が倒れていた。
僧として、肉食の禁戒を破ることに、思い悩んだが命に代えられず、
決心して猪(鹿)の左右の腿をそいで鍋に入れ、煮て食べた。

やがて、雪も消え、里人たちが登ってきて堂内の本尊様の左右の腿が切り取られて鍋の中に、
木くずが散らばっていた。知らされた僧は、観音様が自分を助けて下さったことを悟り、
木くずを拾って腿に付けると元通りになった。 これにより、この寺を「成合い(相)」と名つけたと。



 この寺は、南北朝以後、度々の戦火に見舞われた。もともとは、現在地より高い場所にあった。
今は、展望台になっている。

 美しい、ピンクのシャクナゲが、まだ残っており、黄色い山吹の花が印象的だった。
何とはなしに、「七重八重、花は咲けども山吹の、みの一つだに無きぞ悲しき」
成相寺に何の関係もない”歌”が思い出されてきた。

丹波丹後ロマン紀行【旅楽おやじ倶楽部】 さらに、山道を
大パノラマ展望台」まで車を走らせた。

山頂からは、舞鶴湾、栗田半島、
遠く大江山山系まで
広く見ることができた。

まさに看板通り
「日本一のパノラマ展望台」であった。
丹波丹後ロマン紀行【旅楽おやじ倶楽部】 帰路、一軒の茶店で、 名物”成相山ひょうたん”を買い求め下山した。

帰りついて、復元された「五重の塔
山門」を見落としたと気がついた。

車で行かれる人は要注意!、
道路から見えず、本堂より下にあるため、見落とすことありますぞ!!

成相寺の一段下がったところに、
傘松公園」があり、
”またのぞき”として有名な場所である。

宮津一之宮籠神社横のケ−ブルカ−で登ることもできる。また、傘松公園から、成相寺へは、バスも運行している。



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