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美山荘に泊まる

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かって福井,小浜から鯖街道を通り、大原へ出て三千院寂光院を観て大阪に帰ったことがある。
その時、いつか「美山荘」にも…と思っていた。
 今回、計らずも女房の誕生日祝いとして、息子より「美山荘一泊」がプレゼントされた。



 例によって、宮津、天橋立のセカンドハウスに行く途中に「美山荘」に泊まることにして、京都回りのル−トを計画した。
いつもは、中国道、吉川ジャンクションから「舞鶴若狭道」へ入り、宮津へのル−トでいくのであるが、
今回は、名神京都南インタ−、仁和寺前から高尾、高山寺を観て周山街道に入るル−ト、
少し遠回りになるが、道が広く走りやすい、久しぶりの”高山寺も立ち寄ってみたいと思っていた。
予め路線図も調べ、時間も予測し、計画していた。



 ところが、また息子から電話で、鞍馬寺の近くに、旨い”蕎麦屋”があるという、
花背屋」というらしい、ネットで写真も送られてきた。
これは、もう堀川通りから上賀茂神社の前を通り、貴船口から右に入るル−トでいくしかない、
半年ぶりの鞍馬さんにも、お参りして(鞍馬には、60年も前から、毎年一度はお参りする)花背峠を越え、行くことにした。



 さすがに、花背峠は厳しい、京都バスがそれでも一日4便走っている、
時々、先導車が来てストップされる、行き違いである。
それでも、昨年市の水道がひかれたため、道が舗装されていて走りやすい。

鞍馬から20分位走ると”蕎麦屋”見えてきた。「花背や」とある。
素朴な味のそば、出してくれる。平日の一時すぎであったが、次から次とお客はある、
主人一人で、応対、注文、調理、接待と忙しい、
”息子がぜひ立ち寄り、そば、食ってきたら・・・”と言われたと話すと喜んで
”細々と、やっています”と、結構有名になっているのか・・・

 丁度、3人の若い人たちが来て、そばを待つ間、携帯デンワで話していた。
聞く気はなくても、聞こえてきた、
「鞍馬から花背探訪」の企画を検討しているらしい、小型バス、コ−ス、食事など打合せらしい、
大手のTV局の名前を言っていた。こんなにも山深い里にも訪れる人は増えているのか。
大根おろしの”ぶっかけそば”旨かった。



 道路をはさんで、前の「工芸離世」にも立ち寄った。
木工品、陶器、紙細工など、いろんな品が並べられている、値段結構高い、有名人、女優など贔屓にしているらしい。

 建物の脇に「もののべの井戸と笹水」がある。
蕎麦屋にボトル(100円)があったので、水を入れ持ち帰った。

なぜ、「もののべの水」というのか?と尋ねると、
かって昔、「物部氏」の隠れ住んだ所という、今も、「物部」を名乗る家が多いと。
またこの辺りは、”笹”の名産地だと、そば屋でも”笹茶”が出てきた。
笹の葉にふくりんのない熊笹が、そば屋の庭先にあった(写真)、この笹のお茶であろうか?



 花背そばの店から、さらに8kmばかり北に向かう、大悲山のふもと、原地町に「美山荘」があり、
その奥に峰定寺(ぶじょうじ)がある。峰定寺の参道脇に「美山荘」が建っている。

 山からの小さな谷川に沿って、老舗料理旅館「美山荘」がある。山に溶けいっている感じである。
通された部屋からは、谷川のせせらぎの音が心地良い、木々の緑も美しい。
自然いっぱい、何もない世界である。

テレビなし、携帯デンワは通じない。しばし一時、自然と一体化してほしいとの「美山荘」の願いであろうか。
この日は、3組のお客であった。

 さて「野摘料理」どんなものか、楽しみにしていた。出された料理は11種、約30品、
まあ品数が多い、鯉のあらい、鮎の塩焼き、鮎ずしの他は、全て野菜である。しかし”美味しい”

 料理の素材の持つ特性、風味を十分に知り、それを生かし切る調理、
そして、木の葉、枝までも盛り付け道具に使い切る”京料理”の洗練された技、客と料理人の勝負のような感じさえする。

 食事は、本館別棟で5室ある。版画家、徳力富太郎氏の襖絵や東大寺管長であった清水公照師の額がある。
通された部屋には、座布団があるだけ、テ−ブルも何もない。畳の上に丸盆に乗せられた料理が運ばれてくる。
畳の上に直接置かれる鉢や椀、初めてである。

 京の奥座敷、若干遠くても訪れる人の多いことがうなずける、 有名人、俳優、財界人なども来訪するだろう。
それだけの魅力がある。
また、若女将が素晴らしい。本当の美人だ。

明治から続く老舗の料理旅館さすがに料理人の腕は一流だ。
三代目当主だった、中東吉次氏が書き残した書があった。

昭和36年、「単なる山菜料理ではなく、民芸風とも一線を画し、花背の地を”離宮”と位置づけ、
独自の世界を目指す、京の文化と茶懐石の心の融合」を目的として作り上げたもの。との評があった。

 またその三代目の女将、和子氏いわく
「限りある命を尽くして咲く花の美しさを、見ていただきたいと無心になって活けている」と。

 また、「食は、人を良くすると書きます、食を通じてお客様に快く過ごしていただくための、
おもてなしをさせていただいている」とも述べている。

 所々に活けられた”活花”は、今も和子氏が担当しているらしい。
素晴らしいの一語に尽きる。

わが部屋の”花”を見て、宮本武蔵の「枯木鳴鵙図 」を思い出した、
剣豪が描いた裂ぱくの気合に似た気迫あふれる”活花”であると・・・。

 風呂は地下にある、谷川と並ぶように造られている、大きな全面ガラス張りの窓から川の流れが手に取るように見える。
高野槇の湯船、ゆっくりと疲れを癒してくれる。

 部屋係の女性と若女将の心温まる心づかいに癒された。
「自然が何よりのおもてなし」という若女将の心が伝わってくる。楽しい二日間であった。
帰り際、”献立表”をもらってきた。


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