旅楽おやじ倶楽部



もくじへ【丹波丹後ロマン紀行】旅楽おやじ倶楽部  プロローグ【丹波丹後ロマン紀行】旅楽おやじ倶楽部 プロフィール【丹波丹後ロマン紀行】旅楽おやじ倶楽部
TOP【丹波丹後ロマン紀行】旅楽おやじ倶楽部


宮津市大垣に鎮座する「元伊勢神宮籠神社」(このじんじゃ)については、先に述べた。
この地からそれほど遠くない福知山市大江町に「元伊勢神宮、内宮と外宮」と称する神社が存在する。
即ち「もう一つの「元伊勢」である。



 宮津市中心部から府道9号線を車で走り、山道に入り、
北近畿タンゴ鉄道の「辛皮駅」や大江山スキ−場の横を通り抜け普甲峠を越えて大江町に入る。
途中「酒呑童子」ゆかりの佛性寺の看板や「鬼が茶屋」の案内を横目に
さらに、宮津街道(かって福知山と宮津を結んだ)の横を流れる
奇岩怪石の多い”二瀬川渓流”を見て車を進めた。



タンゴ鉄道「大江山口内宮駅」と9号線が接する近く、
民家が立ち並ぶ村の中に「元伊勢内宮、皇大神社」への参道がある。
大きな石の鳥居と「皇大神社」の石塔がある。なだらかな自然石の220段の広い階段を登る。

 中間あたりに大きな杉の木が、参道をさえぎる様に聳え立っている。「麻呂子杉」の標識がある。
聖徳太子の弟麻呂子親王が、
この地に住む鬼の集団を討伐した祈願のみしるしだという。千年以上の大杉である。

さらに少し登ると”黒い木の鳥居”がある。
黒木の鳥居」と言われ、皮のついたままの杉で作られている。珍しく古式な鳥居であるらしい。

 本殿は茅葺の神明造り、千木はうちそぎ、堅魚木(かつおぎ)は10本、左右に棟もち柱がある、
宮津の「籠神社」と規模は小さいが同じ形式である。
祭神は、本殿に天照皇大神、脇宮に天手力雄命、タクハタチジヒメの命(彦火明命の母)であり、
由緒によると、天照大神が第十代崇神天皇39年に大和笠縫邑からこの地にお移りになり4年の後、
再び大和に還られ、諸所を経て、垂仁天皇26年に伊勢の五十鈴川の聖地に鎮まられたという。
故にこの宮を「元伊勢神宮」と言うとある。

 宮津の「元伊勢籠神社」の由緒と年代も内容もほぼ同じである。
天照大神は伊勢の現在の内宮に鎮座されるまでに全国16箇所を巡られたという伝えが残されている。
それらの宮が「元伊勢」となるのか?



 本殿横の社務所で宮司さんと言葉を交わした。
訪れる人も殆どなく、お札と絵馬をいただき、ゆっくり参拝した。
さすがに広い境内、大木に囲まれた霊気から伊勢神宮と同じ雰囲気を味わった。
本殿から左奥に「天の岩戸神社」も祭られている。

 二月節分の日には、厄除け神事が行われる、
「三鬼打ちと盃割り、布八つ裂き神事」という、三匹の鬼を打ち払った伝説から
”病気、陰気、貧鬼”の三鬼を豆を蒔いて追い払い”元気、陽気、富貴”のお多福に変える厄除け神事だという。
その他、年間を通じて古いお祭り神事が伝承されている。  

 

 ゆっくり山を下り、外宮に向かった、途中「丹後和紙伝承館」に立ち寄り、
美しい”ちぎり絵”などによく使われる”和紙”を購入し、 鬼のモニュメントを見ながら車を走らせた。
丹後二俣紙」は京都府の無形民俗文化財」に指定されている。

 途中、小さな川は”五十鈴川”渡る橋は”宇治橋”伊勢と同じ名前が付けられていて面白い。
ほどなく、左手に「元伊勢外宮豊受大神社」がある。広い駐車場に車を止め、
細い急な石段を登る、本殿は小さな社(やしろ)である。

 祭神は豊受大神、相殿にヒコホノニニギノミコト、天児屋根命、天太王命、である。
由緒によると、これまた宮津の「籠神社」と同じである。2041年以上の古社であることが解る。
また、この神社の地は「比沼の真奈井ケ原」と称え孤立した一万余坪の丘陵で
「籠神社奥宮」と同じ「真奈井ケ原」なのである。 

 さて、宮津と福知山で、それぞれ「元伊勢」本家争いがあるらしい、どちらが本家かと・・・
上記に述べたごとく、双方とも同じであり、甲乙はつけがたい、また全国多くの「元伊勢」もあるだろう。
どちらも「元伊勢」と思えばいいのである。伊勢神宮よりも50年以上も前に作られているのだから。

 大江山といえば「鬼伝説」であろう。
大江山の鬼退治として、子どもの頃から絵本や草子でなじみが深い。
この地に伝わる鬼伝説は三つある。

1、源頼光の鬼退治

2、日子坐王(崇神天皇の弟)の土蜘蛛退治、陸耳御笠(くがみみのみかさ) 

3、麻呂子親王の鬼退治、英呉、軽足、土熊の伝説 である。

源の頼光の伝説は「酒呑童子伝説 」として有名である。
正暦元年(990)世は藤原氏の摂関政治時代、この大江山、千丈が嶽に「酒呑童子」を頭目に
鬼一味が都や周辺を荒らしていた。時の一条天皇は源の頼光に命じてこの鬼討伐をやらせた。
頼光は宮津の国司藤原保昌はじめ渡辺綱、坂田公時(金時)他を従え、山伏姿に身を変え山に入る。
蔵王権現に祈願し、元伊勢神社に参拝し、鬼の城に向かう、
うまく酒をのませ酔いつぶれた酒呑童子はじめ鬼たちを成敗した。

日子坐王、麻呂子親王の話もほぼ同様のものだろう。
 各地方の豪族が、中央の国家統一への動きの中で抵抗した事実を
”伝説” ”物語”として作ったものだろうと思われる。
その様な抵抗勢力を”鬼”とか”土蜘蛛”として蔑視したのだろう。
各地に同類の話は残されている。


もくじへ【丹波丹後ロマン紀行】旅楽おやじ倶楽部  プロローグ【丹波丹後ロマン紀行】旅楽おやじ倶楽部 プロフィール【丹波丹後ロマン紀行】旅楽おやじ倶楽部
TOP【丹波丹後ロマン紀行】旅楽おやじ倶楽部

旅楽おやじ倶楽部
©は、いつまでも青春を楽しむ人を応援しています。

「おやじには書いておかねばならぬことがある。」 あなたの素敵な人生を刻み伝えるサイトです。


丹波丹後ロマン紀行【旅楽おやじ倶楽部】