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10.久美浜探訪と松葉がに

 韓国や中国の日本海に面した海岸から投げ込まれた物が、潮の流れによって日本のこの久美浜や網野に流れ着くという。 
 かって、大陸との交易もあった歴史深い繋がりが多くの遺跡や古墳からも確認される。
函石浜から中国新の時代の刀銭、王もうの貸泉(紀元前)が発見された。
その場所は、「函石浜遺跡」として残されている。

 また、湯舟坂二号墳(5〜6世紀)からも「金銅装双竜環頭太刀」(重文)が出土し、豪族が居住していたことがしのばれる。

 この久美浜は、古代大和朝廷と深いつながるがあり、「四道将軍、丹波道主命」(開化天皇の子、日子坐王の子)が大和朝廷より
、丹波平定を命じられ、この地に来任してきた。そして、当地の豪族、川上摩須の郎女(いらつめ)と結婚、
四人の子をもうけた。(四人とも天皇の妃になっている)
 丹波道主命は、この地が平安になるよう明神谷に八千矛命、天神玉命、
天種子命の三座を出雲より迎え入れ「神谷神社」(かんだに)を創建している。

 丹波道主命の死後、愛用していた「国見剣」も併せ祭られ「神谷太刀宮神社」と言われるようになり、
また、この国見剣から、この地を「久美浜」と呼ぶようになったといわれている。

 宮津の天橋立と同様に砂嘴で外海(日本海)と区切られた約7kmの小天橋と呼ばれる長い松並木がある。
(天橋立を大天橋、久美浜を小天橋という)。

 昔はこの久美浜湾は、日間浦といわれ、その湊宮を拠点に廻船業、
両替商、酒造業などを営んでいた五軒家(小西家の本家、新屋、下屋、木下家、五宝家)が
村民と主従の関係を作り隆盛を極めた。江戸初期には大陸との交易で巨万の富を築いたといわれる。

 また、中世、天平二年に行基上人が「本願寺」「如意寺」を創建、ほか「円頓寺」「宗雲寺」などの古刹がある。
 近代、寛文六年(1666)に天領となり湊宮に代官所も置かれ、
その後、慶応四年(1868)に「久美浜県」が設置され「県庁」もおかれた。
丹後、但馬、丹波、播磨、美作の五カ国23万石を管轄することになったという歴史がある。
 なお、久美浜は日本海のかに、久美浜湾のカキ、また桃や梨など海と山の幸が豊富な所である。

 宮津から国道312号線を久美浜に向かう、途中京丹後市峰山、比治山トンネルを抜けて久美浜に入る。
(先般、この比治山に残る「羽衣伝説」については記述した)。

10.久美浜探訪と松葉がに 10.久美浜探訪と松葉がに

 宮津から約一時間のマイカ−の旅である。最初に立ち寄ったのは、「北近畿タンゴ鉄道、久美浜駅
(かっての久美浜県庁舎を模した建物)で、駅内に観光総合案内所がある、
いろんなパンフ、地図などいただき、次いで「豪商稲葉本家」を見学した。

10.久美浜探訪と松葉がに

 糀谷から廻船間屋を営み富をなし、幕府の御用金を預かるまでになった。
後に久美浜-豊岡間の鉄道開通を私財をつぎ込み実現させている。

10.久美浜探訪と松葉がに 10.久美浜探訪と松葉がに

 織田信長の家臣、稲葉一鉄一族の流れをくむといわれる。木造切り妻造りの二階建て、
120年経っているという、使われている松、欅の木材がすごい、文化財登録されているもので無料公開され、訪れる人も多い。
一階に小さなショップもある。また、別棟で丹波あずきの”ぼたもち”を抹茶のセットで食べることができる。”美味しい”


10.久美浜探訪と松葉がに

 つぎは、「日切不動尊、如意寺」である、久美浜湾に面した地に天平年間行基菩薩開基の真言宗の古刹で
「関西花の寺霊場第七番札所」である。今は”さざんか”が美しく咲いていた。
毎年、4月中旬に咲く”三つ葉つつじ”は一見の価値がある。本尊は十一面観音である。

 庭を掃除していた、若い坊さんに”ようお参りでした”と声をかけられた。
山門から海に目をやると遠く”小天橋”が一本の線のように見えていた。

10.久美浜探訪と松葉がに 10.久美浜探訪と松葉がに

そして、車を走らせ”かぶと山”のふもとを回り、久美浜湾を迂回して小天橋に入る、
日本海と久美浜湾を結ぶ小さな水路に架かる橋の手前を左に入ると
”冬の久美浜海岸”(夏は海水浴でにぎわう)である。打ち寄せる白波がおどっていた。

10.久美浜探訪と松葉がに

砂嘴の上に造られた道路を走り宿泊する「ホテル、リゾ−ピア久美浜」にむかった。

 11月に入れば「松葉がに」解禁である。丹後半島は活気づく、毎年この時期久美浜を訪れる、
今年も13日(金)「リゾ−ピア久美浜」に一泊、松葉がにフルコ−スを味わった。友人夫婦との四人である。

10.久美浜探訪と松葉がに

 「松葉がに」と言えば、間人(たいざ)、間人といえば「松葉がに」と言われるぐらい珍重される、
それは、夜半の漁、水揚げされたカニがその日のうちに調理され、食卓に上がる新鮮さが売りなのである。
我々は、間人がにではなく、津居山のブル−タグの蟹を食することにした。

 ホテルの従業員が大きな皿に乗せみせてくれた「松葉ガニ」(ズワイガニの雄をこう呼ぶ)は見事であった。
足を動かし、活きていることを示していた。地酒とともに十分堪能できた。
かに刺し、かに味噌はこの地でないと味わえない美味しいものであった。


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