旅楽おやじ倶楽部


12.但馬を拓いた天日槍と出石【旅楽おやじ倶楽部】

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 今、月の半分ぐらいを宮津のセカンドハウスで過ごす、
天気の良い日などマイカ−で、丹波・丹後の遺跡や伝説の残る地をたずねる”小さな旅”を続けている。

そして、その旅をより楽しく、深くするために事前に目的とする土地の
観光協会や市町村役場の観光課などにデンワし、資料等をいただく、 また関連する書物も読んだりする。 

すると、新しい発見や”そうだったんだ”という喜びも感じる、
それがまた次のロマン紀行への意欲を高めてくれるのである。

 今回も、古代史研究家で丹後網野出身の「伴とし子氏」の著した
「前ヤマトを創った大丹波王国」(新人物往来社)に多くのご教示をいただいた。

 今回は、”そば”で有名な出石を訪ねることにした。
昔、この地は「但馬(たじま)」と呼ばれていた。現在は兵庫県豊岡市出石町である。

 宮津から与謝の野田川町を通り、府道2号線を「出石」に向かう 、車で約一時間、50km位の道程である。
立ち寄りたいと計画したのは、出石の地に関係の深い四つの神社(日出、諸杉、中嶋、出石)と出石城跡などであった。

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 府道2号線は、「丹後ちりめん発祥の地」与謝の古い村中を抜けて走る、
今では幹線ではなく、裏道のような感じである。交通量は少なく走りやすい、
突然、「日本・モンゴル民族博物館」の看板が目に入った。

何でまた、こんなところに「モンゴル」なのか?と思いながら、
少し走ると道路わきに「日本・モンゴル民族博物館」の白い建物が見え、立ち寄ることにした。

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 入場券を購入し、”何か歴史的な繋がりでもあるのですか”と尋ねてみた。
返ってきた答えは、”特に何の関係もありません 、ただ、この但東町がモンゴルの民族文化を理解し体験するために、
いろんな資料を集め、モンゴル国とも協力して造った建物です”とのことだった。
しかし、多くのモンゴル文化の一端に触れることが出来た。

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 そして程なく「日出神社(天日槍の三世孫、多遅摩比多詞=タジマノヒタカ)」を祭るに参詣した。

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そして、一路出石城跡を目指した。

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出石の中心地はウイ−クデ−というのに多くの人達で賑わっていた。
丁度昼時、たくさんある「出石そば」の店は、いずれも満員の様子であった。

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現在は時計台として使われている「辰鼓楼」のすぐ前の「本陣鶴屋」に入り、
名物”出石皿そば”を注文した、ここに来れば、みんなこの”そば”を注文する、
長い時間待たされた、誰も文句も言わず、どんどん入れ替わっていく。

※参考:
正覚田中屋(出石) たいそう立派な町家づくりの建物 出石手打皿蕎麦

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食事ののち、出石城跡を見学した。
小さな堀の橋を渡り、登場門から城跡に入る、隅櫓の白い壁が美しい。

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公園になっている中庭を通り、稲荷神社、
諸杉神社(天日槍の子、多遅摩母呂須玖=タジマノモロスク)を祭ると周り、登城橋を渡って城外に出る。
短い観光コ−スである。ここにはそのほか、家老屋敷跡や永楽館(芝居小屋)も残っている。

出石の中心部から離れ「出石神社」に向かった。車で北へわずか10分ぐらいの「宮内」の地である。
この「出石神社」は、「但馬の一宮」として古代より信仰を集めている。

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但馬を拓いた「天日槍=アメノヒボコ」が祭られている、旧国幣中社である。
創立は奈良時代だといわれるが、
貞観元年(859年)には史記の中に但馬第一の大社としてその名が記されている。

 由緒によると「現在の社殿は大正三年に再建され本殿は三間社流れ造り、千木、堅魚木を備え、
前面に切り妻造りの幣殿と祝詞殿があり、その左右から透塀が本殿を取り囲んでいる。」と記されている。

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大きな杉並木と長い参道、丹塗りの神門など立派な建物と境内である。

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 そして、本殿に向かって右側奥に”禁足地”がある、約300坪のうっそうと茂った原始林の森である。
古来より一木一草も刈り取ることを許されず守られてきた場所である。
禁を犯せば”祟り”があると言い伝えている。これが、「天日槍」の陵墓ではないかといわれている。

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 また、「天日槍」は韓国新羅の王子で日本に渡来し、その時持参したとされる八種の神宝も祭られている。
「天日槍」は、当時入江湖の泥地であった但馬地方を瀬戸の岩戸を切り開いて、水を日本海に流し、
耕地に改良して発展させた”国造りの神、国土開発の祖神”として崇敬されているのである。

 (その2)につづく≫


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