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「丹波篠山,山家の猿が、花のお江戸で芝居する」・・・と、デカンショ節に歌われた篠山、
いかにも”田舎”という風情が感じられる。

果たして,どんなところであろうか。 

2010年3月下旬のある日、大阪から宮津(天橋立)に向かう途中,
舞鶴若狭自動車道の「丹南篠山口IC]を降りて立ち寄ることにした。 
まだ、この高速道が出来ていない時代に、一度「丹波立杭焼」の窯元を尋ねたことを思い出していた。
もう30年も前になろうか。

 そしてこの篠山は、2009年「篠山城築城400年」を迎え、各種イベントも開催された。
市内は活気に溢れていたと思われる。
今回見たいと思っていたのは、篠山城跡、大書院、武家屋敷群、河原町妻入商家群、青山歴史村、など興味深い場所が沢山ある。
例の如く、事前に篠山観光協会にお願いし、資料を送ってもらっていた。

 高速ICを降りて、道路下を潜り抜け、東に向かう、そして、すぐ左に小高い山が見える。
篠山市網掛長者谷と呼ばれるところに公園がある 。

イタリアンダイニング茜

イタリアンダイニング茜

兵庫県篠山市網掛長者谷ノ坪 TEL 079-590-1261

営業時間
ランチ11:30〜14:00(L.O) ディナー18:00〜21:00(L.O)3月〜10月 17:30〜20:00(L.O)11月〜2月
火曜定休(不定休有)

その一角に,元、庄屋の屋敷であった”古民家”を移築して、
イタリアンレストランに改造した「イタリアンダイニング茜」にて昼食をとった。
定番の”パスタランチ”を注文した。有機肥料で育てた自家農園の新鮮野菜をふんだんに使った料理であるらしい、
「季節の野菜と但馬味鶏のフレッシュトマトのスパゲティ−」と名付けられていた。
前菜、コ−ヒ−、パン、など付いて¥1995円だった。客は約25人ぐらい、ほぼ満席だった。
女性客が多い、人気があるらしい、古民家の柱、はり、天井など、ありのままを残し、
低い屋根の覆われた薄暗さが、レストランにぴったりの感じ、落ち着いた良好な雰囲気である。
男女4人位の若い人達がたち働きしていた。
このレストランもある雑誌に掲載されているのを見て訪れたのであった。

 食後、「篠山城跡」に向かう。車で5分ぐらいであろうか。



広い駐車場に入る、まず目に入るのは、美しい石垣である。橋を渡って城内に入る。
いかにも”堅固”な石垣が立派に残されている。



大書院前

大書院前

幾度か曲がって、なだらかな坂道を大書院前まで登る、右側には、広々とした二の丸御殿跡がある。

天守台と青山神社

天守台と青山神社

そして、その奥には、天守台(本丸跡)、と青山神社が祭られている。天守台から見る高城山(丹波富士)は美しい姿を見せ、
また、見下ろす篠山市の中心部も碁盤の目のように区切られ町並みが美しい。

 この篠山の地は、多紀連山をはじめ、山々に周りをぐるっと囲まれた篠山盆地のほぼ中央に位置する。
綺麗な水と、豊かな土壌に恵まれ、古くから人々が暮らしを営んでいたことが、所々に残る古墳からも推察されるという。

 「慶長14年、天下人となった徳川家康は、大阪城(豊臣方)と山陰、山陽路の連絡を絶ち、
西国大名の勢力を抑える要として,篠山城を築城し、実子、松平康重を入城させた。
この城の縄張(築城指揮)は、築城の名手といわれた藤堂高虎が行い、”笹山”という小山を利用した,
一辺約400mの方形の平山城で堀を二重に回し、外堀の三方に出入り口として「馬出」を設け、 防御に徹した城構えとなっている。
江戸時代を通して譜代大名の松平三家八代、青山家六代の居城となった」と資料に出ている。

 「明治維新以後、城内の殆どの建造物は、取り壊されたが、石垣と堀、馬出、などの遺構は
原形を残していることから昭和31年(1956)、国の史跡に指定された」とある。

武家屋敷群

武家屋敷群

武家屋敷群

武家屋敷群



武家屋敷群

城の西側に、武家屋敷群、東南側には商家群を、そして北側には、公共の役所関係を、
きっちりと碁盤状に配され、落ち着いた城下町を形成している。



時間の関係から、大書院には入場しなかったけれど、
京都二条城に次ぐ木造住宅建築としては第一級の建物だった。
惜しくも、昭和19年1月6日に火災で焼失、後、平成12年3月に復元されている。

青山歴史村

青山歴史村

城跡を出て「御徒士町通り」(おかちまちどおり)の武家屋敷群を見る。
こじんまりとした茅葺入母屋造りの主屋が並んでいる、
土塀、棟門もあり、裏側には土蔵や竹薮も配されている。城の外堀に隣接している感じである。



河原町商家群

ほか、旧澤井家長屋門とその奥の青山歴史村を訪れ、そして「河原町商家群」を見る。
堂々とした建物群である。この「河原町妻入商家群」 「御徒士町武家屋敷群」は共に、
国の「重要伝統的建造物群保存地区」に平成16年12月10日選定されている。

河原町商家群

河原町商家群

 そして、呉服町-二階町-魚屋町と続く商店街、さらに篠山市役所辺り、青山通りをぶらり散策する。
城下町の入り口には寺院が配置され、奈良春日神社から分祉された「春日神社」も商店街中心に鎮座している。

篠山藩地方役所門跡

篠山藩地方役所門跡

歴史美術館、元、篠山藩地方役所門跡など、昔を今に伝えている。

 面白い看板が目に入った、「地酒量り売り」と書かれている、
店に入ると主人の米村さんステンレスのタンクから丹波の銘酒「小鼓」(西山酒造)の無濾過純米大吟醸をビンにつめてくれる、
二本(500リットル)を購入した。親切に保冷バッグに入れてくれた。

 この町は落ち着いた文化の香りのする町である。何処からこの趣は来るのだろう、
この篠山は地理的に京に近い、都の薫陶を色濃く受けたといえる、
どこか”はんなり”とした空気が漂うのもこの辺りのためか? 

老舗の和菓子屋も多い、そして良純な地酒も豊富だ、豊かな水と肥沃な土壌、そこから取れる米や野菜、
”田舎と都会が合体している篠山”といえると思うのである。

「丹波黒大豆発祥の地」の記念碑

「丹波黒大豆発祥の地」の記念碑

 この地の名産物に「丹波小豆」と「丹波黒大豆」がある、小豆は和菓子、饅頭には欠かせない、
黒豆大豆はこれまた多くの”みやげ物”に使われている。

市立歴史美術館

市立歴史美術館



市立歴史美術館

丹波黒大豆発祥の地」の記念碑が「市立歴史美術館」の近くに建っている。

まけぎらい稲荷

まけぎらい稲荷


そして、資料にもあった「まけぎらい稲荷」を訪れた。
城跡の東、小高い王地山にある。赤い鳥居が立ち並ぶなだらかな石の階段を登って参拝する。

まけぎらい稲荷

まけぎらい稲荷

なぜ「まけぎらい稲荷」というのか?正式には「王地山平左衛門稲荷」というらしい。
標識の立て看板を見てみたい。

まけぎらい稲荷

まけぎらい稲荷

 「青山忠裕公が藩主で江戸幕府の老中だったころの話」
 「毎年、将軍様上覧の大相撲があり、いつも篠山藩の力士は負けてばかり、大相撲が近づいてきたある日、
忠裕公の下に国から、王地山平左衛門はじめ、数人の力士がやってきて、大相撲に優勝してしまった。
喜んだ藩公、その労をねぎらおうとしたが、誰も居ない。消え去ってしまった。
氏素性もわからない、よくよく考えてみると、力士の名は、お稲荷さんのある山の名前だった。
これは、お殿さんを助けるために、国のお稲荷さんが江戸に上ったのではないかとなり、
幟や絵馬を奉納して、感謝した」と。これが「まけぎらい稲荷」の起こりと書かれている。

 小生も”まけぎらい”しっかり参拝したことは言うまでもない。 
時間も押してきた、まだ宮津まで2時間ぐらいかかる、高速道を急いだのだった。


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