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19.丹後ちりめんと「丹後ちりめん街道」

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各地で30度を超す猛暑日が続き、記録を作ったという2010年の夏、やっと秋風が感じられるようになった9月終わりの一日、
「丹後ちりめんの里」を訪ねることにした。




京丹後市弥栄町


 丹後ちりめんの歴史は古い。
あしぎぬ=精錬しないままの蚕糸を集めた太い糸で練り上げた目の粗い絹織物が奈良時代の天平11年(739)、
すでに当地で織られ御所に献上されたと伝えられている。

 奈良正倉院の資料に「丹後国竹野郡鳥取郷門田里車部鯨(くるまべいなさ)調貢あしぎぬ一疋六丈天平十一年」の記録が残されている。
鳥取郷門田里は、今の弥栄町であり、車部鯨は人名で「日本古代人名辞書」によると、 門田里の戸主としている。
この地で粗い絹織物が織られ、天皇に献上していた事実があり、
その歴史とこの産業の発展を後世に伝える為昭和43年(1968)4月この地に「あしぎぬの碑」顕彰碑が建立された。
(碑は古い漢字で彫られている)

丹後ちりめんと「丹後ちりめん街道」

 そして京丹後市商工会が毎年7月、「あしぎぬ顕彰祭」を行い、地元織り物産業発展を祈願している。(丹後の魅力=改訂版)

丹後ちりめんと「丹後ちりめん街道」 丹後ちりめんと「丹後ちりめん街道」

 しかし、この「あしぎぬの碑」は、道路からは見えない。資料をもとに尋ね、尋ね行った。

丹後ちりめんと「丹後ちりめん街道」

”天武神社”という、小高い丘の上にある社,境内に、その「碑」は立っていた、夏草の生い茂る中にひっそりとたたずんでいた。



京丹後市峰山

丹後ちりめんと「丹後ちりめん街道」

 室町時代に入ると、「丹後精好(たんごせいごう)」といわれる、主に武士の袴地に使われる厚手の絹織物が多く生産されていた。
 江戸時代に入ると、生産量も増えてはいたが、高級な絹織物を生産する京都西陣に押され丹後ちりめんは振るわなくなってきた。
峰山の機屋であった絹屋佐平治が、この状況を打開するには西陣の技術導入を置いてない、と考え
地元小西の禅定寺、観世音菩薩に断食祈願したうえで、西陣に修行に出向いた。
(享保4年3 月)後、国に帰り試織したが失敗、再度、西陣に出かけ、ちりめん独特の”しぼ”の技術を盗み、
習得して帰り”ちりめん織り”に成功した。(享保5年=1720年)佐平治38歳の時だった。

 1730年、時の峰山藩主京極高長は、この佐平治の功績を認め、「縮面屋」の屋号と森田の姓,帯刀を許したと伝わっている。
佐平治は「森田治郎兵衛」と改名し、その後もちりめん発展のために貢献した。
そして、62歳で没したが織元の生家跡に、元総理大臣、芦田 均氏の筆による「丹後ちりめんの始祖、
森田治郎兵衛翁発祥地」の顕彰碑が建っている。
 ちなみに、芦田 均氏は丹波の出身である。

 さて、京丹後市峰山町泉に鎮座する「金刀比羅神社」については、先に述べた。
その境内に「木島神社」が併祭され養蚕の神として信仰が厚い。この神社の前には”猫”の石像がある。狛犬に代わる”狛猫”で、
ちりめんの敵、ネズミ退治のシンボルであろう。この地に相応しいものと言える。



「与謝野町加悦」ちりめん街道

丹後ちりめんと「丹後ちりめん街道」 丹後ちりめんと「丹後ちりめん街道」

 丹波大江山のふもとから水を集め、宮津湾阿蘇海に注ぐ野田川に沿って、国道176号線と府道2号線が走る。
その2号線から分岐して与謝野町加悦(かや)の村に入っていく。この古い道を通称「ちりめん街道」と呼ぶ。
昔ながらの”ちりめん商家”や工場、酒蔵、銀行、医院、を残し、またいくつかの各宗派の寺院も残っている。
そして、ここは国の73番目の「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されている。

丹後ちりめんと「丹後ちりめん街道」 丹後ちりめんと「丹後ちりめん街道」

 この街並みは、織田信長の命により、丹後を支配した細川幽斎の重臣がここに安良城を構え、
その南に加悦城下町を建設したことにはじまる。その後、ちりめんの導入に伴って町は、織物の町となっていった。
特に享保7年(1722)加悦の手米屋小右衛門が西陣より、ちりめんの技術を取り入れ大きく発展したと伝わる。

丹後ちりめんと「丹後ちりめん街道」

丹後ちりめんと「丹後ちりめん街道」

丹後ちりめんと「丹後ちりめん街道」

 この「ちりめん街道」をゆっくり歩いてみることにしよう。
旧加悦町役場(現在、観光案内所)前に車を置き、奥川にかかる天満橋を渡り、街道筋の古い住宅街へ入る。

丹後ちりめんと「丹後ちりめん街道」

所々説明書きのある、大きな屋敷が残っている。江戸時代の生糸商家「旧尾藤家住宅」を見学した。
公開され、案内人もいていろいろ説明してくれる。(入館料200円) 古い木造建築と洋館建てをうまく組み合わせ、
近代化への歩みが感じられる。

丹後ちりめんと「丹後ちりめん街道」【旅楽おやじ倶楽部】 丹後ちりめんと「丹後ちりめん街道」【旅楽おやじ倶楽部】

 太い梁、高い天井、季節により入れ替えた“襖絵”、調度品、また、洋館の応接、寝室など中庭を取り囲んで建てられた屋敷、
堅牢な土蔵庫など豪商住宅が偲ばれる。

丹後ちりめんと「丹後ちりめん街道」

 尾藤家は生糸商のみならず10代当主は、丹後銀行頭取、11代目当主は、
大正15年開通の加悦鉄道(株)の社長、後、加悦町長も務めている。即ち加悦を代表する名家である。

 街道筋の家々の戸口にかけられた”ちりめん街道”の暖簾(のれん)や趣のある家並みを見ながら歩くと
”ガチャ、ガチャ”という機織る音が聞こえてくる。
昔は殆ど全戸でこの音が聞かれたことだろう。今は、静かな町である。

丹後ちりめんと「丹後ちりめん街道」【旅楽おやじ倶楽部】 丹後ちりめんと「丹後ちりめん街道」【旅楽おやじ倶楽部】

”丹後路”と書かれた看板のアンティ−クな店があった。
面白いものが目に入った,ちりめんを織る時に機織り機に使うパンチカ−ドの様なボ−ル紙の板、これに“歌”が書かれていた。
与謝野鉄幹、晶子、そして与謝蕪村など。いずれも、この与謝野に関係の深い人達の歌である。
  
飛ぶ雲に秋の日あたりそのもとに 大江の山の盛れるうす紅   鉄幹

  橋立や 松は月日の こぼれ種     与謝蕪村

丹後ちりめんと「丹後ちりめん街道」【旅楽おやじ倶楽部】

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丹後ちりめんと「丹後ちりめん街道」【旅楽おやじ倶楽部】

 町の奥、小さな山の麓に立派な寺院がある、実相寺、宝厳寺、吉祥寺、三か寺かたまっている。

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そして山の上には天満宮が祭られている。これらの寺と神社が移り変わってきた”ちりめんの歴史”を
じっと見守ってきたのだろうか。
栄華を誇った「加悦ちりめん商家群」は今は「歴史街道」となっている。



丹後ちりめん歴史館

丹後ちりめんと「丹後ちりめん街道」【旅楽おやじ倶楽部】

 ちりめん街道から少し離れた、岩屋の地に「丹後ちりめん歴史館」がある。車で10分ぐらいか、訪ねてみた。
丁度観光バスが到着し、多くの人が降りてきた。古い三角屋根のちりめん工場を改造し、
観光施設にしている「丹後ちりめん見学工場」である。
「手ばた工房」 「デジタルデ−タ−のシルク染色工房」 「引き染め工房」 製品の展示販売などで構成されていた。

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 ちりめん独特の”しぼ”を作り出す「八丁撚糸機織機」や「糸繰り機」も運転され、ちりめん製造の過程がよく理解できた。 
ここで造られた、ネクタイを土産に購入したのだった。

 「ちりめん」=縮緬とは、どのような織物なのか、文献によると,起源は中国で本来、表面に”しぼ”と
言われる凸凹状の起伏を持った絹織物のことを指し、西欧へは「クレ−プ」、
日本へは「ちりめん」となって伝わったとされている。

 京友禅や沖縄の紅型(びんがた)にも、ちりめんは使われており、
元来、生糸を原料とする絹織物でこれに後から様々な色や柄が染めつけられて華麗な着物に変身する。

丹後ちりめんと「丹後ちりめん街道」【旅楽おやじ倶楽部】 丹後ちりめんと「丹後ちりめん街道」【旅楽おやじ倶楽部】

 生糸に含まれている不純物や糊、ニカワなどの接着剤を取り除く「精錬」という工程を織りの前に行えば「先練」(さきねり)、
後に行えば「後練」(あとねり)と呼び、白生糸の60%以上を占める「丹後ちりめん」は後練絹織物の代表的存在となっている。
 また、シボ(皺)の風合いを生かした”無地ちりめん”と柄の粋と華やかさを活かした”紋ちりめん”の二つに大別される。

 中国から堺へ、そして西陣へさらに桐生や丹後へ伝わったちりめんの製法技術の秘伝は、
八丁撚糸機を使った強撚糸の技法で1m当たり3000回前後も強い撚りをかけた横糸撚糸で織り精錬にかける、
すると糸が収縮し、撚りが戻って凸凹ができる。これが”しぼ”である。

丹後には良質な水と適度な湿度が適合し、ちりめん技術が発展してきたが、今はそれ程多くの生産量はないだろう。
高級な着物生地は、やはり西陣、丹後はその下請けか、小物の生産に追いやられていると思う。
機織る機械音が小さくなっている。

 今回の小さな旅は、その”ちりめん”の歴史を訪ねた旅だった。



与謝野町観光協会  TEL0772−43−0155  与謝野町加悦1060

   丹後ちりめん歴史館  TEL0772-43-0469   与謝野町岩屋317



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