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20.「国生み神話」の神社に参拝して


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最近、梅原 猛氏の「葬られた王朝、古代出雲の謎を解く」を興味を持って読んだ。
中に、「国生み神話」にある、イザナギ、イザナミ二柱の神が、日本の最初に生んだ島が「淡路島」であると言い、
そして、「古事記」の文が紹介されていた。

 「イザナギ・イザナミが天の浮橋に立って、沼矛を海にさし下ろし、
”こうろこうろ"と掻きまわして引き上げた時に矛の先から滴り落ちた塩が積って出来たのがオノゴロ島である」という。

 そして、現在の「沼島」(ぬしま)がその島であると伝えられていると。

また、万葉集巻六に、

  「朝凪に 楫の音聞ゆ 御食つ国 野島の海人の 船にしあるらし」 という歌があり、

この野島は、今の沼島であり、海人の住む島であったと伝えられている。
そして、今、美味しい”鱧料理”の食べられる島であると、先の梅原 猛氏は紹介されている。

 イザナギ・イザナミの二神は、この「おのころ島」(沼島)において、
まず最初に「淡道之穂之狭別の嶋」(あはぢのほのさわけのしま)、すなわち「淡路島」を生んだ。
そして、次に「伊予之二名之嶋」=四国を生んだとある。さらに、隠岐の嶋、次いで九州、壱岐島、対馬、佐渡島、と生み、
そして、大倭豊秋津嶋=本州を生み、大八嶋国が成立したとする。

 今回の”小さな旅”は淡路島を縦断して徳島鳴門への旅となり、
途中津名一宮にある(淡路市多賀740)「伊弉諾神宮」(いざなぎじんぐう)と 「おのころ島神社」(南あわじ市榎列)を参拝することにした。
淡路島は、かって「淡路の国」であり、今の兵庫県は俗に”丹波”と呼ばれる。

 私の「丹波・丹後ロマン紀行」は、イザナギノミコトがイザナミノミコトのところに通う、天の架け橋が一夜にして倒れ、
”橋立”となった「天橋立神話」を第一回としてスタ−トしたものである。
今また、このイザナギ・イザナミが祀られているという淡路島の二つの神社を記すことになった。

 11月下旬の晴れた日に、阪神高速3号線から垂水JCTを経由して神戸淡路鳴門自動車道に入る、
淡路サ−ビスエリアにて食事、後津名一宮ICを下り「伊弉諾神宮」(淡路一宮)に向かう。

20.「国生み神話」の神社に参拝して 20.「国生み神話」の神社に参拝して

県道を少し走ると、伊勢神宮参道と同じような石の灯篭(約4kmの県道に170基あり、
”くにうみ灯篭”といわれる)が道の左右に並び、神社へ参拝客を誘う。

 

 四ツ辻の角に堂々たる石の鳥居が建っていて、
伊弉諾神宮」の号標と大きな真新しい”狛犬”が目に入る、(阪神淡路大震災で損壊し、作り直された)駐車場に車を止め、
玉砂利を踏んで神殿に向かう。

 

神池にかかる反り石造りの神橋を渡り、右に鮮やかな朱色の橋を見て拝殿へ、そして本殿に向かう。


資料によると、本殿は、御陵丘を覆うように基壇を二重に構え桧皮葺、
三間社流造り向拝付で棟に千木、鰹木を置き前方の弊殿と連結して一屋根に造ってある。

 

明治12年の建立である(現在の社殿)。
ただし、806年(大同1年)延喜式名神大社に列し、平安末期には淡路国一宮となっている。
 本殿の横には、鞍部に菊のご紋章のある銅製の神馬像があり、
また、天然記念物に指定されている「夫婦大楠」が大空に向かって高く伸びている。

 

樹齢900年、樹高30m余の御神木で、イザナギ・イザナミ、二柱が宿ると伝えられている。

 この宮は、「幽宮」(かくれのみや)ともいわれる。
(古事記、日本書紀に国生みに始まる神功を果たされたイザナギ大神が御子神たる天照大神に国家統治の大業を委譲され、
最初に生み落とした淡路島の地に「幽宮」を構えて余生を過ごされたと記されている)


 「江戸時代の地誌によれば、境内地は約15000坪、沖積地にあって、天然の針葉樹林におおわれて、大楠もあると」

 

 また、この宮を、「日の入りの宮」といい、伊勢神宮を「日の出の宮」という。
そして、両神宮とも同じ緯度上にあるといわれる。不思議と言わざるを得ない。

 神話の時代に、”日本の国を生み、その国を治める緒神を生んで一大事業”をなした、
イザナギ・イザナミ、の神が鎮まられた淡路の、この地と、その後、国家統治を委譲された天照大神が祀られた
伊勢の五十鈴の地が同緯度にあることの不思議、大昔にどうしてこのようなことがわかったのであろうか、
一度、地図上で見ていただきたい、同一線上にあることを!!

 ここで本神宮、本名孝至宮司の「淡路島と国生み伝承雑考」の中より、
太陽の運行を専門家に計測してもらった結果を記しておられる、参照させてもらおう。

 


 「伊弉諾神宮」は、北緯34度27分23秒の緯度上にある。
真東に当たる同緯度に伊勢皇大神宮(内宮)が鎮座する。
春分、秋分には同緯度上の伊勢から太陽は昇り、対馬の海神(わたつみ)神社に沈む、その中間に、「伊弉諾神宮」がある。
冬至は緯度線から、東南へ28度30分の熊野の那智から昇り、西南28度30分の日向の高千穂の峰に沈む。
夏至は緯度線から東北へ29度30分の信濃諏訪湖より昇り、西北へ29度30分の出雲大社(日御碕)に沈む。
さらに、伊勢とこの多賀の中間点が大和飛鳥の藤原京であるという事実も驚きである」と書かれている。
そして、このことが「陽の道しるべ」として、境内地にモニュメントが作られている。

 先般、初代天皇である神武天皇をお祀りする「橿原神宮」へお参りし、その記事を「おやじの旅編」に記した。
間もなく新年を迎えるが、毎年の恒例として、「伊勢神宮」を参拝する。
もう何年も元旦に、この伊勢参りを続けているのである。

 この“神社へ参る” ”神に向かって、手を合わせ願い事をする”ということについて、少し考えてみたい。
 仏教にいう「仏陀」、キリスト教にいう「イエス」の様にその対象となる”神”は明確である。
ところが、日本で言う”神”は果たして何なのか? 
ある時は”山”そのものであったり(奈良桜井の大神神社)、”大きな木”であったり、また、”岩”であったりする。
時には、蛇、玉、鏡、大瀧なども”神”になる。神は、いろんなところに宿ると考えられてきた。
また、”神籬”(ひもろぎ) ”磐座”の如く定まった場所以外にも神は降りてきて存在すると考えられていた。
 神社は、その”神”を待つ=祭る場所であり、神が常に鎮座する所となったのである。

 

 「文献によると、古代神道(神祇)制度は、天武朝(7世紀後半)に成立したとされる。
天武天皇は、一種の宗教改革を行い、伊勢神宮を重視し、天皇を頂点にした統一的な神祇制度を確立していった。
この改革は、701年の大宝律令で完成することになる。
 天皇の称号や大嘗祭、伊勢神宮の式年遷宮の制度などの記録も天武朝に始まると。
故に、この頃には神社の形(社殿、施設など)も整っていたと推察できる」と渋谷申博氏著の「日本の神社」(日本文芸社)にある。


 さて、今回この「伊弉諾神宮」という日本発祥の地と神社にお参りし、
皇祖神である天照大神を祀る「伊勢神宮」とその親神である「イザナギ・イザナミ」を祀る
この「幽宮」が同緯度上にある不思議を古代人達は知っていたのだろうか。
つくづくその偉大さも感じながら次の「おのころ島神社」に向かった。

 再び、淡路鳴門自動車道に乗り、西淡三原ICを降りる。

 

少し走ると「榎列」(えなみ)に入る、道に面して大きな赤い鳥居が見える。
21,7mもあるらしい、平安神宮、宮島厳島神社の鳥居とともに、日本三大鳥居と言われる。
昭和56年に有志により発起され一億円の予算で建立計画がたてられたと資料にあった。

 小高い丘の上に社殿があり石段を登る。石段の登り口左に難しい字の号標があった、
パソコンに出ないので”かな”で記すが写真を見ていただきたい。石に彫られた大きな石標である。

 
  

おのころ島神社」と。

 社務所に立ち寄り、「神社略記」をいただいたが、小さな紙面に簡単に書かれており、神社建立の年代や格式もない、
大鳥居だけが、誇らしく見えたのだった。
大昔、ここは島であったとこれも資料にあるが、古事記にいう「オノコロ島」とは相違するで あろう。
「オノコロ島」は太平洋に浮かぶ孤島と伝わっているのだから・・・


 

 再度、先の本名宮司の書に戻ろう、
氏は「「沼島」の「沼」(ぬ)は、古事記の“天沼矛(あめのぬぼこ)の「沼」であり、
これは玉、魂、霊に通じ、この勾玉に代表される形状は生命体や霊魂を表し、沼島は玉島ということになる。
(沼島は勾玉の形をしている)正に、「オノコロ島」の原型であるとするに相応しい太平洋上の孤島である。
近くの鳴門海峡の干満には、沼矛で掻きまわした伝承を彷彿とさせる大渦潮も見られ、
島内では平成6年に世界的にも珍しい地球創生時の皺といわれる”波状の岩石”(同心円構造鞘型褶曲)も発見され、
多種多様な岩石層で構成されていることで、地質学的にも注目されている「沼島」が「オノコロ島」であるならば、
科学的な根拠も携えて壮大なロマンを描きつつ子孫たちにおおらかで、
逞しい生き方を示そうとした我が祖先達の思いが伝わってくるような気がする」」と記されている。

 二つの神社を参拝した後、鳴門に向かって車を走らせた。何か、”日本の国の原点”に触れたような、
さわやかな気持ちで淡路島を後にし、大鳴門橋を渡ったのであった。


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