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23、丹後に京都「葵祭」のル−ツを見た


四月二十三日、宮津セカンドハウスにやってきた。
そして二十四日(日)、二日続いた雨も上がり、気持ちの良い朝になった。
天橋立まで散歩に出ることにした。

丹後に京都「葵祭」のル−ツを見た

 いつもの”村の道”を歩き、集落を抜けると、ドンドン、ドンドンと鳴る太鼓の音が聞こえてきた。
夏の祭りには、まだ早いし、何か村の鎮守の祭礼かと思いながら
「真奈井神社」(籠神社=このじんじゃ、の奥宮)の前を通り、本殿「籠神社」に近づく、
何本かの白い”幟”が立っている。「籠大神」 「真奈井大神」と書かれている。

もしかすると「籠神社」の祭り、なのか?と思い、裏の鳥居をくぐる、
普段とあまり変わらない様子、”提灯” ”幟”が少しあるだけ、
しかし、正面に回ってみると、いつも何台も止まっているバス駐車場は”屋台の店”が出て賑わっている、
多くの子供たちが来て楽しそうにしている。

丹後に京都「葵祭」のル−ツを見た 丹後に京都「葵祭」のル−ツを見た

 参道正面や広い道路にかけて数台の台車に乗った神輿とそれを引く子供たち、そして役員たちだろうか、
紋付、羽織、袴、白足袋、ぞうりのいでたち、子供は、稚児姿、大きな模様の入った着物に白い鉢巻、襷である。

 そして、大人の集団がいる、みんな手に手に長い太刀を持っている。
太鼓の音と笛の音に合わせて20人ばかりで、同じ”踊り”を始めた。
そうか、これが「籠神社の”葵祭り”」か。 
平安時代から続く古式豊かな”太刀振り神事”とはこれかと、「籠神社のしおり」で読んだことを思い出していた。

丹後に京都「葵祭」のル−ツを見た 丹後に京都「葵祭」のル−ツを見た

 京都、賀茂神社の”葵祭り”のル−ツであり、ここでは”藤祭り”と呼ばれ、 発祥は2500年の昔であることを。
大げさでもなく、粛々と丹後一ノ宮、籠神社に第4代懿徳天皇(いとくてんのう)四年(紀元前507)から
受け継がれてきた祭りであるという。藤の花の如く、薄紫の美しい花の如く楚としている。
そして、これが5月15日の京都”葵祭り”のル−ツであったことを知ったのだった。
偶然のことであったが、古式ゆかしい祭りの「太刀振り神事」を見ることができた。

葵祭

賀茂祭りともいう。上賀茂、下賀茂神社の例大祭、5月15日(古くは4月中の酉の日)、
御所に参集し、建礼門を出発し、賀茂御祖神社、賀茂別雷神社に参向して奉斎する。

  「時代祭

 10月22日に行われる京都平安神宮の祭り。 1895年平安遷都1100年を記念して、
平安神宮が建てられ、その年の10月遷都の日を祭日として”時代祭”を行ったのに始まる。
平安時代から明治維新に至る各時代の風俗行列が、京都御所から平安神宮まで行進する。 
絵物語を見るようで、京都の年中行事の一つ。(資料より)

  「丹後一ノ宮、籠神社」については、この紀行シリ−ズNO、5で記述している。


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