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おやじの旅5 日本三大天皇陵に参拝して

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5-(2)仁徳天皇陵と履中天皇陵、その周辺

日本三大天皇陵に参拝して【丹波丹後ロマン紀行】 日本三大天皇陵に参拝して【丹波丹後ロマン紀行】

 この二つの天皇陵は堺市の中心部、市役所や裁判所、法務局、
税務署等の立ち並ぶ地域から 車で5〜6分の所に存在する。
広大なグリ−ンゾ−ンが市の中心に有る。そして、この二つの”陵”は同じ北東の方向を向いている。

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 二月の終わり、昼から暖かく気温も18度ぐらいになると予測された日、仁徳陵に向けて車を走らせた。
何度か行ったことがある場所30分もかからずに着いた。

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 この”陵”の拝所は広い、そこでは、黄色いジャンパ−を着た3人のボランティアが、訪れる人達にパンフを渡し説明している。
世界文化遺産登録への努力の証なのだろうか。私も説明を聞いた。 そして、履中天皇陵へも歩いていくのがいいと教えてくれた。

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 道路を挟んで前に広大な「大仙公園」が広がる。35万平方mの大公園である。
中には、日本庭園、堺市博物館、茶室、自転車博物館(自転車のシマノ本社が近くにある)などがあり、
市民の憩いの場所になっている。そして、続いて「履中天皇陵」がある。

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 「仁徳陵」拝所で手を合わせた後、左回りに”陵”を巡ってみる。それにしても広大だ、前方部の幅が307mもある。
そして濠は三重になっている、空からの写真でしか確認できない。
5世紀の築造と伝えられているが、これらの大墳墓、現代の様に重機もない時代,人の力とスキ、クワ、モッコだけで
どうしてこれ程までに大きな”陵墓”を造り得たのか、時の権力者の偉大さが偲ばれる。

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 途中、仁徳天皇の皇后磐姫(イワノヒメ)の歌碑が建っている。
万葉集研究の第一人者、養老 孝先生の書による石の立派な碑である。
歌を紹介しておこう。漢文で書かれている。

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  在管裳 君乎者将待 打靡 吾黒髪尓 霜乃置萬代日

”ありつつも 君をば待たむ うち靡く わが黒髪に 霜の置くまで”


 イワノヒメ皇后は、ことのほか嫉妬深く、仁徳帝の行いに怒って、 故郷に帰ってしまったという逸話が残されている。
情熱の持ち主だったのだろうか、次のような歌も記されている。

 「かくばかり 恋いつつあらすは 高山の 岩根しまきて 死なましものを」

 (これほどまでに、恋い焦がれるのだったら、高山の大きな岩を枕にして、死んでしまったほうがましだ)

 皇后の気持ちに感じ入りながら、大仙公園の中を横切り、次の「履中天皇陵」へ歩いた。
公園も広い、30分かかった。”拝所”は、住宅に囲まれた中にある。うっかりすると解らない、歩いてきてよかったと思った。
隣接している住宅は豪邸ばかり、やはり「天皇が鎮まられた地」なのだから価値が高いのだろうと、納得しながら・・・

 三つの「天皇陵」のうち、「履中陵」が一番小さい、それでも一回りすると約1時間を要した、”大きい”と実感した。

 この仁徳陵、履中陵を中心に東西南北4kmの範囲内に47基の古墳が残されている。
前方後円墳23基、円墳19基、方墳5基で、すべて堺市内にある。

 今回、三大陵墓を訪ねて思ったことがある。「百舌鳥・古市古墳群」として世界遺産への登録に、 関係者各位は努力されているだろう。
しかし、1500年も前の昔から、大切に守り継がれてきた文化遺産、”静寂と尊厳を守る”として、宮内庁が管理し、
一般には一歩も立ち入らせない形が果たして「世界遺産登録」の規格に適合するのかということ。
 エジプトのピラミットの如く、一般に広く門戸を開放してこそ”文化遺産”の価値が認められるのではないのかと。
そういう意味ではまだまだ「世界遺産登録」への壁は高いと思うのだが・・・。

 「百舌鳥八幡宮」

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 仁徳天皇陵の正面前の道路に面して「百舌鳥八幡宮」が鎮座している。
大きな鳥居を入ると、
長い参道があり立派な神殿が見える。

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欽明天皇(532〜571年)のころに創建されたと伝わる。天皇陵築造の時代と一致する。

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神殿前の大楠は樹齢800年で天然記念物に指定されている。

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「八幡宮」の標額、絵馬堂など堂々とした建物が並ぶ。

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 毎年中秋の名月の頃、行われる「月見祭」が有名、17基のふとん太鼓が勇壮に繰り出され賑わう。

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祭神は応神天皇、神功皇后、仲哀天皇、春日、住吉大神を配祀している。

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 社伝によると、神功皇后が外征の帰途この地に立ち寄り、”幾萬代までも平安であれ”と祈願された。
そのためこの地を「萬代(もず)」と呼ぶようになり斎祀られたと伝わる。

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 鳥居前で「天満宮」の小さな看板が目に入る、細い道を道しるべに従って歩を進めると、
大きな農家の家が続く、そして、その先に”小さな、小さな「尾羽根天満宮」”があった。

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小さな社と共に牛の石像が置かれていた。
説明書きには、約300年前道明寺天満宮より分祀されたものだという。長い年月地元の人たちに守り継がれてきたのであろう。

 「百舌鳥八幡宮」と「尾羽根天満宮」をお参りして想ったことがある。
なぜ、天皇陵のすぐ近くには「八幡宮」と「天満宮」が鎮座しているのだろうか? 

そして二つの「八幡宮」祭神も応神天皇と神功皇后である。

なぜ?なぜ?

今私はそれを知らない。 



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