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6、「四国八十八ケ寺、参詣の旅」(その1)


 今、四国一周の旅を続けている。一周と言っても、四国各地に広く存在する「八十八寺」を巡る旅なのである。
この旅の始まりは、「西国三十三所めぐり」にその端を発する。
サラリ−マン生活の合間をぬって休日などに車で回る”札所回り”をS53年11月に開始した。
ただ、名所、旧跡、観光地を旅するのではなく、一つの目的をもって実行すれば、
それはシリ−ズとなり継続性においても”記念の旅”となるだろうと、妻と二人の息子との四人旅がスタ−トした。

 まず最初は、最も自宅に近い西国4番札所,槇尾山施福寺からであった。
そして最後は、平成元年4月9日、31番札所,近江八幡長命寺で、
33か寺すべてを参詣したことになった。

 さらに、番外の長野県善光寺に平成元年8月12日に満願の報告を兼ねお参りをし、
最初にお参りした施福寺にもこの年の秋に”お礼参り”として参拝したことだった。
そして、時々に頂いた”納経集印”は掛軸に形を変えて、この旅の足跡を残すことになった。

 この「西国三十三か所めぐり」で走った各地の風景や海、山を見て「海の見える別荘」が、 一つの夢として心に浮かんできた。
そして、平成12年3月、四国鳴門に会員制リゾ−トマンションの使用権利を購入することに発展した。
眼下に”鳴門の渦潮”に連なる美しい播磨灘が見渡せる「海が見える丘」の上のマンションである。
年間数回この鳴門を訪れる。
さらに、この”いやしの旅”は、また新しい「四国八十八か寺参詣の旅」へと連なっていくことになったのである。

 平成14年6月、四国霊場1番札所竺和山霊山寺から、この旅は始まった。
「エクシブ鳴門のリゾ−トマンション」を訪れ、マンションライフを楽しむ傍ら、
”大師と同行二人”自分を見つめ直す参拝の旅を、ゆっくり、順序立てることもなく、
好きな時に、好きな”お寺”からお参りする、車による”勝手まいり”が始まったのだった。

 「八十八か寺遍路旅」は、1200年の昔から、弘法大師の足跡をたどり、その道すがら、
今一度自分を見つめ直してみようとするもので、阿波徳島を「発心の道場」とし、
次の土佐高知を「修行の道場」と称し、また次の伊予愛媛を「菩提の道場」と呼んでいる。

そして、讃岐香川を「涅槃の道場」と名付けて究極の悟りの境地に入り満願に向けて歩みを進めるという
”順拝”の旅が基本であろう。これを逆に回る”逆打ち”と呼ばれることも、大いに取り入れられているようだ。

 小生は、そのどちらでもない”勝手旅”をやろうとしている。マンション利用が主であり、
ついでの”お寺参り”という感じで、懸命に命がけで歩き遍路をやられる”お遍路さん”達からすると、
極めて不真面目な参拝旅であるけれども、これもまた一つの”遍路旅”と自分勝手に考えている。
故に、四国を右に回ったり、左に回ったりし、また、途中観光名所や旧跡があれば立ち寄り、
名物の食べ物なども探しながらの旅なのである。

平成14年6月にスタ−トしたこの「四国八十八か寺参詣の旅」も、14年中7か寺、15年中11か寺、
17年は6か寺、18年9か寺、19年15か寺、と数を重ね、その後6か寺を加えて現在54か寺となっている。
弘法大師の生誕地善通寺(75番)には14年10月と18年4月の2度参詣している。

 残るは34か寺である。急ぐことはないが、24年中にはお参りしたいと思っている。
平成14年から10年の節目でもあり、自分で決めている。37番岩本寺、四万十川の清流近くである、
そこから順を追って37番〜70番本山寺までの遠方地が残されている,5〜6日ぐらいかけて
最後の満願に向け旅をすすめたいと思う。先の「西国33か寺」は12年かけてお参りした。

そして思い出す、長野善光寺への最終の参拝の節,納経所で「ようお参りでした、何年かかりましたか、と尋ねられ
12年かかりましたと答えると、ああ、そうでしたか、先日は、おじいさんが始められた納経集印帳を、お孫さんがお持ちでしたよ、」 
「観音信仰はその様に、長いもので、親から子へ子から孫へと受け継がれていってほしいものです」と
語られた言葉を今も覚えている。

 今、観光バスで数日かけて、さっと八十八か寺を回るツア−のような企画が盛んに行われているが、
これと小生の旅とは少し違う、先にも述べたが、マンションライフを楽しみながら、四季折々の四国の風物詩にも触れながら、
また先々の旨いものにも舌鼓を打ちながら、仏様に手を合わすという欲張りな旅なのである。
この先元気に旅を続けていければこれほど幸せなことはない、年齢も74歳になった、
日々仏様に感謝しながら、自分の生き方もしっかり見つめていきたいと思っている。

 旅を振り返り、思い出しながら印象に残ったものを記しておきたい。

〇一番札所、霊山寺=大きな木札と山門が”さあ、スタ−トするぞ!の気合いをかんじさせた。

 〇大麻比古神社=阿波一ノ宮,阿波の国開祖,大麻比古の命と猿田彦を祭る。

 〇ドイツ兵俘虜収容所跡(鳴門ドイツ館)=わが国で初めてベ−ト−ベン第九が演奏された場所。

 〇七番十楽寺、中国の寺のような赤い楼門が印象的だった。

 〇十一番、藤井寺、名前の様に”藤”が美しく咲いていた。

 〇脇の”うだつ”=藍で栄えた豪商の屋敷が並ぶ、”うだつ”という防火壁が屋根の上に作られている。

 〇十二番、焼山寺、代表的な”難所”、いくつも山を越えてお参りした。

 〇二十一番、太龍寺、カ−ナビで寺を目指すが失敗、引かえしロ−プウエ−で参拝した。

 〇二十三番から二十四番の間に「大浜海岸」に立ち寄る、ウミガメ産卵の地で有名。



〇二十四番最御崎寺(ほつみさきじ)、室戸岬にあり、近くに弘法大師が19歳の時に修行をした「御厨人窟」(みくろど)がある
この洞窟から見る海と空の風景から後、「空海」と名乗るようになったと。

 〇新村の石垣集落、と吉良川の街並み、=吹き付ける太平洋の風に耐えうる石と壁の家並みなど。



 〇二十七番、神峯寺、この付近では五月の”鯉のぼり””武者幟”が風にはためいていた。

 〇野良時計、土居廊中,安芸城跡、岩崎弥太郎生家跡、など。



 〇三十一番竹林寺、五重の塔高知県で唯一、1970年に作られた、総ヒノキ造り。(写真)



 〇三十二番禅師峰寺、奇岩の前に立つ不動尊像

 〇三十三番雪蹊寺への道すがら「桂浜」に立ち寄り、坂本竜馬像にあいさつ。

 〇七十五番善通寺=弘法大師が生誕の寺、金刀比羅宮=長い石段を上りお参りした。
    
   35番から70番は(その2)で記述したいと思う。

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